系譜で辿る日本史

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松殿基房まつどのもとふさ

(藤原基房)

松殿基房

鎌倉時代前期の公卿

松殿家の祖

氏族藤原北家御堂流
生没1144年 - 1231年
位階従一位
官職 摂政 関白 太政大臣
幕府職

平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公卿である。保元元年(1156年)に元服し、正五位下に叙任され、翌年には従三位権中納言となる。摂政や関白、太政大臣などの高官を歴任し、幼少の高倉天皇の摂政を務めた。平清盛との関係が悪化し、治承3年(1179年)には関白を解任されて左遷されるが、再び京都に戻ることが許された。寿永2年(1183年)には摂政に復帰しようとするも失敗し、その後は公事や有職故実に通じた存在として重んじられた。有職故実の知識を伝え、基房の学説は「松殿関白説」として摂関家で重要視され続けた。寛喜2年(1230年)に87歳で亡くなる。

更新
主な祖先

橘嘉智子

11親等祖先

藤原冬嗣

10親等祖先

長屋王

16親等祖先

藤原三守

10親等祖先

藤原宇合

13親等祖先

光孝天皇

9親等祖先

藤原基経

8親等祖先

光仁天皇

12親等祖先

醍醐天皇

7親等祖先

藤原道隆

7親等祖先

松殿基房の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    閑院宮典仁親王

    19親等子孫

    有栖川宮織仁親王

    18親等子孫

    後水尾天皇

    17親等子孫

    鍋島重茂

    19親等子孫

    有栖川宮職仁親王

    17親等子孫

    二条宗熙

    19親等子孫

    有栖川宮幟仁親王

    20親等子孫

    洞院実世

    7親等子孫

    近衛家熙

    17親等子孫

    有栖川宮韶仁親王

    19親等子孫