系譜で辿る日本史

藤原房前

藤原北家の祖

藤原不比等の次男

氏族藤原氏
生没681年 - 737年
位階正三位
官職参議
幕府職

藤原 房前(ふじわら の ふささき)は、飛鳥時代から奈良時代前期にかけての貴族。藤原不比等を父とする藤原四兄弟の次男で藤原北家の祖。藤原北家は、藤原四兄弟の子孫藤原四家の中で最も繁栄した。
政治的力量は不比等の息子達の間では随一であり、文武朝の大宝3年(703年)には20代前半にして、律令施行後初めて巡察使となり、東海道の行政監察を行った。その後も兄・武智麻呂に先んじて昇進を続ける。
天平元年(729年)長屋王の変が発生し、皇親勢力の巨頭であった左大臣・長屋王が自殺させられ、藤原四子政権が確立する。房前はこの政変には積極的に関わっておらず、政変を主導した武智麻呂が不比等の後継者となる事が明確になった。

配偶者
牟漏女王
父:
美努王(皇族)
主な祖先

中臣鎌足

2親等祖先

藤原不比等

1親等祖先

主な子孫

最澄

4親等子孫

藤原行成

10親等子孫

村上天皇

7親等子孫

式子内親王

16親等子孫

順徳天皇

18親等子孫

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