系譜で辿る日本史

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藤原顕隆ふじわらのあきたか

藤原顕隆

葉室家の祖

氏族藤原北家勧修寺流
生没1072年 - 1129年
位階正三位
官職 権中納言
幕府職

平安時代後期の公卿である藤原顕隆は、藤原北家高藤流に属し、白河院政期において重要な役割を果たした。院蔵人として白河法皇に仕え、寛治3年(1089年)に宮内権少輔に任じられ、その後も弁官として20年以上にわたり活躍。康和5年(1103年)には五条高倉第で後の鳥羽天皇となる宗仁親王が誕生し、その近侍として影響を与えた。保安2年(1121年)には藤原忠実が関白を辞した際、法皇との関係を背景に政治的影響力を強めた。晩年には「夜の関白」と称され、院政期を代表する政治家とされる。大治4年(1129年)に薨去し、彼の子孫は葉室家として繁栄した。

更新
主な祖先

敏達天皇

15親等祖先

継体天皇

17親等祖先

仁賢天皇

18親等祖先

雄略天皇

19親等祖先

大伴金村

17親等祖先

天智天皇

12親等祖先

桓武天皇

9親等祖先

紀小弓

20親等祖先

藤原顕隆の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    後宇多天皇

    9親等子孫

    久我通雄

    7親等子孫

    後堀河天皇

    6親等子孫

    光明天皇

    10親等子孫

    今出川兼季

    9親等子孫

    二条良実

    7親等子孫

    御匣殿

    10親等子孫

    土御門天皇

    6親等子孫