系譜で辿る日本史

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藤原忠実ふじわらのただざね

藤原忠実

平安時代末期の公卿

氏族藤原北家御堂流
生没1078年 - 1162年
位階従一位
官職 摂政 関白 太政大臣
幕府職

平安時代後期から末期の公卿であった。摂関家の一員として、従一位、摂政、関白、太政大臣などを歴任し、日記『殿暦』を著した。摂関家内の対立や院政の影響を受け、政治的な地位は不安定であったが、摂関家の栄華を再興することを生涯の目標とした。鳥羽天皇の代に摂政・関白を務めるが、政治的な失策や白河法皇の怒りを買い、一時的に政務から排除された。晩年には摂関家の財政基盤の強化に努め、多くの荘園を管理したが、最終的には保元の乱での敗北によってその野望は潰えた。

更新
主な祖先

橘諸兄

13親等祖先

藤原富士麻呂

9親等祖先

中臣鎌足

14親等祖先

大伴金村

18親等祖先

藤原朝忠

6親等祖先

藤原基経

7親等祖先

藤原定方

7親等祖先

橘嘉智子

10親等祖先

藤原忠実の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    一条房家

    12親等子孫

    尋尊

    11親等子孫

    四条天皇

    6親等子孫

    一条内経

    7親等子孫

    九条師教

    8親等子孫

    洞院実世

    7親等子孫

    近衛家平

    7親等子孫

    近衛基平

    6親等子孫