系譜で辿る日本史

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藤原忠通ふじわらのただみち

藤原忠通

平安時代末期の公卿・歌人

氏族藤原北家御堂流
生没1097年 - 1164年
位階従一位
官職 摂政 関白 太政大臣
幕府職

歳の離れた弟・頼長と対立するが、保元の乱で頼長が失脚したことで復権。忠通の直系子孫が五摂家として以降の摂政・関白職を独占していくこととなる。

更新
主な祖先

仁賢天皇

20親等祖先

藤原忠平

8親等祖先

仁明天皇

10親等祖先

藤原基経

8親等祖先

嵯峨天皇

10親等祖先

皇極天皇

15親等祖先

天武天皇

17親等祖先

藤原宇合

13親等祖先

中臣鎌足

15親等祖先

元明天皇

16親等祖先

藤原忠通の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    細川通薫

    15親等子孫

    明正天皇

    17親等子孫

    中院通村

    15親等子孫

    植松雅永

    16親等子孫

    水野忠政

    18親等子孫

    細川稙国

    15親等子孫

    義演

    13親等子孫

    二条師良

    8親等子孫

    一条昭良

    16親等子孫

    近衛家平

    6親等子孫